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愛と誠

最近コンビニで昔の人気漫画の復刻版が並んでいるのをよく見かけるけれど、イヤァ、つくづくいいコトだと思うナァ。
そのなかでも最近は2週間に1度、かつて少年マガジンに連載されていた「愛と誠」というのを欠かさず買っているんだけど、イヤァ、その度にいい酔いの友としておつきあいいただいておる次第。今はもう4冊目。
マガジンでの連載はもう30年も前のことだし、内容も恋愛をテーマにしているから本来ならばあまり趣味じゃないはずなんだけれど、評判は聞いていたし、原作があの梶原一騎(わかりますネ、「巨人の星」「明日のジョー」etcの原作者ですネ)ということもあって読み始めたのですネ。

読んでみたらイヤァ、これが面白い。
面白すぎて、突如として口調が田中邦衛になるくらいの面白さ。
さすが梶原一騎に書かせれば恋愛漫画もここまで力強くなるのか、と思わせるくらいの情熱のほとばしり。
そして、最近漫画を読まなくなったのはこういう漫画が少なくなったからじゃないかナァと感じさせるくらいの内容の充実度。

なるほど(アニメも含めて)全体の傾向として最近のは、内容よりも視覚に訴える割合が大きくなりすぎているような気がする。
そして一度そう感じてしまったら、やっぱりどうもそうだナァという例ばかり思いついちゃって。
例えば髪型。非常にとんがっている。
髪の色。本来ならば無彩色でこと足りるはずが、登場人物一同で色相環をなしている。
目。全般的に顔に比してその面積が過剰に異常。
おっぱい。その大きさたるや、目玉オヤジ(2つ)にビッグライトを10秒間照射して出来上がる、おっぱいの神様もちょっとそこまでは考えつかないというくらいの、自然界の摂理を全く無視したサイズ。
そのわりに内容は、ストーリーは面白くても考えさせられることが少ないような気がしてしまって。

その点「愛と誠」は恋愛をそのメインテーマに据えておきながら、不必要に視覚に訴えかけるイヤラシサもないし、それでいてそのストーリー展開には心臓の冠状動脈を思わず活発化させる力がある。


「愛は平和ではない。愛は戦いである。」

ウーム、これからがますます楽しみだナァ。名作。

讃岐うどん

ウーム、本場の讃岐うどんというのは、果たしてどれほどウマイモノなのだろうかナァ。そんなにウマイモノなのかナァ。
讃岐うどんは特に最近ブームのようで、よく耳にするようにもなっているから結構気になっているんだよナァ。

日曜午後によくやっている旅行グルメ番組の特集なんかでは、例えば高松郊外にある「山越」という店をそれはそれはウマイうどんをだす店として紹介していたけれど、実際のところはどうなんだろうナァ。
カレーなどと違って材料の種類が極端に少ないモンだからそこまでの絶賛はどうもなかなか想像しにくくて。

テレビではいまいち伝わってこなくて困る。
アイドルの女の子(そういえば最近のアイドルはみんな同じ顔に見えるナァ)の「チョーウマイヤダコレヤバイ」の連発は、いい方に解釈すれば、そのあまりの伝わらなさゆえかえって興味をそそられるということもできるけど、必要最低限の情報として、例えば温度はどうなのか、太さは、のどごしはどうなのか、食感の具合は、コシはあるのか、コクはどうか、キレはどうか、究極なのか至高なのか、ついでに山岡士郎と海原雄山の仲直りはいつになるのか、は知っておきたいところ。
まあ、「グルタミン酸とイノシン酸の割合、おそらくは7:3、そのハーモニーの妙」などと説明されても、結局わからないことに変わりはないけど、やっぱり「そこらのうどん屋」が「本場」に対して何ラウンドまで戦えるのかくらいは知っておきたいのである。

ウーム、やっぱりモノの味というのは不思議だよナァ。のど元過ぎれば熱さどころか、ウマサも忘れちゃうからなおさらに。

なんでも今仙台~高松1泊2日飛行機の旅が20,800円でできるらしい。
ウーム、うどんに2万円かけると考えれば少々考えてしまうけれど、新たな価値観構築のためには安い買い物か(?)。

イヤァ、仙台もいよいよ桜が満開になったよナァ。

桜のあの桃色(桃色じゃなくて桜色か、でも桜が桜色なのはアタリマエだナァ)というのは、何十何百と咲いているのが一堂にあるのも壮観でいいけれど、山の緑の中ひとり咲き誇っている姿というのも、また実に趣深いのだよナァ。
俺の場合、毎年極端に桜を待ち焦がれるラジオネーム「桜大好きっ子」というわけでもないから、まあ世の中に桜があってもなくても基本的には春の心はのどかなのだけれど、やっぱり満開の桜を目の当たりにした時には、その美しさ、華やかさについ嬉しくなってしまうのである。
「おうおう今年も咲いてくれたかエライエライ、でも少し遅かったんじゃないか心配かけやがって水くさいぞバカヤロウ、ハハハ」などと、とたんに馴れ馴れしく無意味に幹をぽんぽん叩いたりするわけである。
ウーム、桜で嬉しくなるのはやはりそこにアデニンとかグアニンが少なからず関与しているのだろうナァ。

桜の下で花見をやりたい。大勢で派手にヤルもよし、一人静かにサクラを愛でるもよし、どんな形でもいいから是非に。

派手にヤルなら思い切り派手に騒ぐのがいい。
そしてどうせ派手に騒ぐのならやはり積極的徹底的かつ退廃的に血中アルコール濃度を上げていきたい。
思うに、花見の席で例えば、
「花よりお酒、ワッハハハ!」
などと、手垢のついた言い回しを振りかざしては桜に一切目もくれずに杯盤狼籍の限りを尽くす無頼漢がいたとしても、それはそれで花見の席に参加しているだけエライのであって、そういう人間は、
「外は風も強くて寒いし、どうせ桜なんか見ないんだから、どっかあったかいお店か家で静かに飲もうヨ。」
などと合理主義に走るシブカジのあすなろ白書よりはずっと正しい酒と桜の楽しみ方を知っているのである。

静かに花を愛でるなら、最近あまり飲んでない日本酒(もちろん吟醸酒)でヤルのがいいナァ。
ゆっくりとあぐらをかいて空を見上げ、やわらかな薄紅色の木漏れ日に心地よい眩惑を味わいながら、視線を手元に移せばそこに一陣の風、古伊万里の白いお猪口(所有してない)に花びら一枚降りて、サクラ酒。
でも、白いお猪口だったら花はもっと色の濃い八重桜の方がいいかナァ。
ウーム、いろいろ試してみるべきか。

ああ、夜桜も見ないとナァ。忘れていた。

花粉症

関東地方の桜がいま満開だそうで、最近はニュースでもその話題が多いような気がするけれど、そういえば花粉症の季節は終わったのかナァ。どうなんだろうナァ。
自分が花粉症でないおかげで、毎年その辺をまったく意識することなく新たな季節を迎えているから、これは他の季節と違って「俺には存在しない季節」ということになる。
感じる季節が多ければいいってモノでもないんだナァ。

花粉症になる人というのはイメージとしては、華奢ですらっとしていて髪は黒くてやや長め、どちらかといえば寡黙なタイプ、ヘッセの「車輪の下」をふところに携える伏し目がちな、一見して薄幸、だけど陰気な様子はなく、顔立ちは端整で、友人達と夜星空を眺めに行くなど社交的な面も持ち合わせている女性、という感じがする。
(ついでに書けば、春の定例星空観測会にはマスクをして出かけるけれど、やはり寒さと花粉の量には勝てず星どころではなくなってしまって隅のほうでしゃがんでたたずんでいると、そんな彼女に密かな想いをよせるヤスユキが毛布と温かいコーヒー持って近づいてきて、
「ほらよ。」
ちょっとカッコつけつつ、まあこれでも飲めよ的、まったくお前はしょうがないナァ的、俺が隣にいれば少しはあったまるだろ的、頼りがいのある男を演じてみるんだけど、
「ありがとう、でもいらないわ。」
と言われることにより、そのアプローチ作戦はもろくも瓦解するのである。)

まあ実際は、花粉症になるのは何も華奢な女性ばかりではないのであって、身の丈6尺3寸、目方30貫500匁はある百戦錬磨の大丈夫、容貌魁偉な益荒男もひとたび花粉症になったが最後、その体躯を大きく揺らしつつ鼻をグズグズさせては目を液状化させて、「花粉症なんスよ。」と言うのが精一杯という状況が往々にしてあるから大変だよナァ。

その苦しそうな状況には、
「花粉症のヒトはかわいそうだナァ!イヤァ、俺は花粉症でなくてよかったナァ!
と心の底から一点の曇りもない純粋でまっすぐな少年の心でそう思うけれど、ウーム、この話題であまり書くと、来年花粉症になってしまいそうな気がするから、もうこの辺にしておく。

ちゃらお部屋

ちゃらおプロフィール

  • 【生年月日】S49年9月19日
  • 【住所】宮城県仙台市
  • 【出身】北海道函館市
  • 【SNS】mixi,twitter,FB

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