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北海道旅行

朝(あした)に苫小牧に遊び、暮には斜里町
袖裏(しゅうり)の青蛇、胆気粗なり
三たび札幌に入れども、人識らず
朗吟して、飛過す屈斜路湖

イヤァ、ご存知の方はご存知の通り先日北海道に行ってきたんですネ。
とても楽しかったんですネ。

特に3日間ほど滞在した道東は、目に映るもの体に感じるものそれらすべてがまさに一級品、人ヨシ酒ヨシ料理ヨシさらにもひとつ景色ヨシ、ラーメンマンをも凌駕するその「打穴四点崩し」には俺もあえなくKO負け、遠のく意識朦朧とそれでも感動依然としてやまず、それら素晴らしきモノたちを記録する手段であるところのカメラはやはりなにをおいても絶対に必要だナァとの気持ちを新たにしながら、同時にもしもどこかで何かの拍子にカメラを携行していない北海道への旅行者をみとめるようなことがあれば、突如として家なき子的安達祐実化しつつ「道東行くならカメラ買え!道東行くならカメラ買え!」と泣く子と地頭も思わず黙る大声で辺りかまわず喚きちらす急性とんちんかんちんハタ迷惑おせっかい症候群患者がそこに現れること間違いないナァとも思ったのであった。

本来の目的であった妹夫婦の晴れ姿も誠にもって非のつけどころがなく、旦那はこれまたビシッとキマッテいて、妹は美人で(ウーム、自分の妹を美人というのはこれはまたどうしようもなく気恥ずかしいコトであるナァ)料理もウマく、いや大変嬉しい旅行だったのであった。

仙台に帰ってきてまだ2日。
ウーム、早くも「そぞろ神の物につきて、道祖神の招きにあひて」ではちょっち(←死語)マズイか。

梅雨

イヤァ、とっくに梅雨にはいっているというのにいっこうに雨が降らないというのは、実にいいコトだと思うナァ。
少なくとも俺にとっては大歓迎の天気が続いているんですネ。

例年であれば梅雨という言葉を聞くだけで、俺の顔は急激にしかまり(*)眉は急速にひそまり(*)ついでに性格も大いにねじ曲がりつつ、近い将来確実に俺の体に容赦なくまとわりつくであろう不快な水滴を想像すると同時に、さらにそういえば俺の傘壊れていたのだったと細かいことを逐一取り上げては「なぜ俺だけがこんな目に」などと明らかに誤った卑屈な視点でひとり世迷い言、ありとあらゆる自分に不都合な要素に対する弾劾を試みたりしていたものだけれど、なんの今年に限っては話は別。
いまのところこれといって梅雨らしい雨は全く降る様子はなく、いやむしろかなり暑いくらいの快晴つづきで、耳をすませばセミの声こそまだ聞こえてこないもののその気温と湿度の奏でる旋律は紛れもなく正しい日本の夏、金鳥の夏のそれ。にわかに昭和にタイムスリップしたまぶたの奥に映るは「さよなら夏の日」にのせてたなびくあの娘の白いワンピース、チェシャ猫のようにニヤニヤしつつふと我に返り3時の方角に視線をうつせば山の稜線あたりから積乱雲のモクモクとこれまたたいそう見事なフォルム。イヤァやっぱり夏はいいナァと、再びまぶたのその奥の軽佻浮薄な夢にしばし埋没するという状況が往々にして形成されやすくなっている昨今なのであった。

イヤァ、このままほんとに本格的な夏が到来しないかナァと思う昨今なのであった。

(*)おかしな単語ですが、意味はわかりますネ。

禁煙3年

イヤァ、いつのまにかタバコをやめてから丸3年が経っていたのだナァ。

やめることを決意したときには、こんなにEveryday Everynight俺を勇気づけ癒やしてくれたタバコを果たして本当にやめられるのかと心配もしたけれど、なんのそこは禁煙本も手伝って、奇しくも世界禁煙デーの5月31日を最後に以後、吸うという行為自体はネオシーダーなるタバコ状のど薬で、体内の残存ニコチン量は近くの喫煙所での「積極的受動喫煙」によって確保するという、今にして思えば不可解であわれな新種の生き物に変態しつつ幾ばくかの期間を経て、はれて禁煙達成の手応えを得るに至ったのであった。

そもそもタバコはハタチ前後の何かの飲み会での酔った上での興味本位が最初で、それからというもの飲み会があればちょくちょく買って吸うようになっていたけれど、そのくせ当時は喫煙の常習化を恐れていたモノだから(それなら吸わなきゃいいのに)「吸うのは飲んでいる時だけ」という喫煙スタイルを自らの内に構築しては、喫煙と健康を両立させた正しい愛煙家を地でいっているつもりでいたんだけれど、やはり案の定、その意味不明なスタイルに哲学はなく、ほどなく毎朝バイクの暖気中に紫煙をくゆらすのを覚えてからというもの、あとはもう坂を転がる石のように、朝起きては吸い、ご飯食べては吸い、うんちしては吸い、夜寝る前にもまた吸いと、のべつスッパスッパと洋モクふかし、ふと外見やれば街並みは春にして草木深し、という生活に甘んじる結果をみたのであった。

実質喫煙期間およそ4年、1日平均20本、ブリンクマン指数80、支払い総額およそ40万円。

例えばいまここで「3年目のタバコぐらい...」といってしまえばおそらくその数字、さらに10年以上は増え続けてしまいそうな気もする。
しかしそう思えるという意味では、タバコを吸うこととやめることによって俺は確かに人生という名のきざはしを登ったといえるのかも知れないナァとも思うのであった。

それにしてもウーム、丸3年吸っていないことによるタバコ代、約30万円多いはずのお金は一体どこに消えたのだろうナァ。

世界の中心で、愛をさけぶ

おととい「世界の中心で、愛をさけぶ」を映画で見たんだけど、イヤァ、なかなかどうしてしみじみと味わい深い映画だったナァ。
見ている最中やその直後にはそれほどの感想を抱かなかったのが、時間がたつにつれ心にしみる感動が徐々にあふれてくるようでほのかなあたたかさがあとをひく。
愛した女性との思い出をたどりながら忘れていた気持ちを思い出していくというストーリー展開も、ありふれているようで実はあまりなかったナァと再評価。
タイトルにも人を惹きつける力があるのかも知れない。やはり世界の中心でさけぶのは「サノバビッチ」ではなく愛がいいに決まってるからナァ。

ウーム、ラブストーリーはあまり好きじゃなかったけれど、十把ひとからげにして拒否するばかりじゃいけないナァと思いましたネ。

そもそも俺がラブストーリーにあまり魅力を感じない理由は、一般的に展開がおとなしいという点にある気がする。派手な格闘シーンもなければ、スリルもサスペンスも、お笑いの要素もなく、おまけにほとんどがハッピーエンドという点で、意外性もない。
そして、主人公たちが誰も笑っていない、常に深刻な顔であるという点もつまらなさを助長していると思う。
すなわち、主人公たちが愛することのみに一生懸命になりすぎるあまり、一番肝心の笑顔を忘れて逆に相手を傷つけてしまうなどという変なストーリーが多いなと思うのである。
個人的にはもっとスラップスティックで明るい展開のラブストーリーがたくさんあってもいいのにナァと思うのである。

まあこれからはラブストーリーもできるだけ嫌がらずに見るべし。

ところで、今回は通路のすぐ後ろ側の席に座ったんだけれど、上映中、その通路を通る人の予想以上の多さにはビックリしてしまったナァ。
おそらくみんなトイレに行っていると思うんだけれど、「集団『青木まりこ現象』映画館バージョン」とでもいえばいいのか、まるでハーメルンの笛吹き男についていく子ども達のごとく目の前の通路を何人もがひっきりなしに通過していく様には唖然。
これじゃ一番肝心のシーンを見られなかった人も多かったんじゃないかかわいそうになどといらぬ同情をしてしまったナァ。

ウーム...。

ちゃらおプロフィール

  • 【生年月日】S49年9月19日
  • 【住所】宮城県仙台市
  • 【出身】北海道函館市
  • 【SNS】mixi,twitter,FB

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